2008年岩手・宮城内陸地震で発生した
荒砥沢ダム上流域の大規模地すべりについて


2008年岩手・宮城内陸地震による荒砥沢ダム上流域の地すべりとその学術的価値について−崖上部の排土は大丈夫か?

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荒砥沢ダム上流域の大規模地すべりについて

荒砥沢ダム上流域の大規模地すべりの分布空中写真

国土地理院2008年撮影

2009年9月

山形大学地域教育文化学部 川辺孝幸
荒砥沢キャニオンを守る会(略称:ACG)

荒戸沢ダム上流域の地すべりとは

 2008年6月14日午前8時43分に岩手県南西部の深さ8kmで発生したマグニチュード7.2の2008年岩手・宮城内陸地震によって、宮城県栗原市文字地区の荒砥沢ダム上流域では,移動方向の南南東方向に1,200m、幅約900mの範囲で、移動量が300mを超える大規模地すべりが発生し、頭部には高さ約150mの崖が形成さました.

 この地すべりは、移動現象が地元の「さくらの湯」大場武雄氏によって目撃されました。このことによって、残された地質現象と実際の運動の対応関係を直接的に明らかにすることが可能になります。

 また、調査によって、この値では3万年以上前に活動した大規模地すべりがあり、今回の地震によって再活動したものであることが明らかになりました。

 さらに、火山地帯特有の地質構造、生じた大規模な地すべり地形、地すべり末端部での衝突現象、地すべりによる塞き止め湖の発生による植生の変遷、地震時の地すべり地盤の揺れなど、地球科学的にも植物生態学的にも貴重な諸現象・過程を観察・経験できる場となりました。

 このように、この地すべり地は地球科学、生態学、自然災害などの貴重な生きた教科書と言うことができます。なお、2009年5月には「日本地質百選」に選ばれています。

 地元の栗原市文字地区では、地震発生から1年を迎えた今、この地震災害を地域振興に活用しようと,この地すべり地を荒砥沢キャニオンと呼んで,日本ジオパーク構想の取り組みが始まっています。

 一方で、林野庁では巨額の予算で緊急災害復旧工事が計画され、一部は実施されています。
 今後、人類にとっての貴重な自然災害の教科書としての保存と復旧のあり方について、早急に、保存すべき対象と保全・対策すべき対象を検討して、議論を深める必要があります。


地すべり地の地質図


地すべり発生前後の地形の変化

 今回地すべりを起こした場所は、過去3万年以上前に、今回よりはるかに大きい規模で地すべりを起こした地域の一部です。

 過去3万年前以上前の地すべりでは、今回地すべりを起こさなかった範囲は、谷が広かったために自然停止できたのに対して、今回地すべりを起こした部分は、末端部で、対岸の尾根に衝突して、運動エネルギーを残したまま、強制停止させられた部分です。

 衝突した部分では、地層が破砕されて、もろくなり、容易に侵食されやすくなります。そのため、過去3万年以上の間に、深い谷が刻まれて移動できるスペースが確保され、強制停止させられた移動体は、次の移動の機会をうかがっていたということができます。

 地すべりは大局的には南東方向に動いたため、地形的には、頭部と谷に沿った北東側の側部が低くなり、末端部が対岸の尾根に衝突して盛り上がりました。





地震前後の垂直・水平変位量

地震による地すべりの再活動のメカニズム
    a. 移動体が自然停止した場合

    a-1 地山に地すべりが発生.


    a-2 自然停止して安定する.


    b. 移動体が衝突によって強制停止された場合

    b-1 地山に地すべりが発生.


    b-2 衝突によって強制停止.衝突部は破砕される.


    b-3 破砕された衝突部はもろいので侵食される.


    b-4 衝突部が侵食されることによって,移動体が不安定な状態で残され,再度移動することができるようになる.


地すべり地の地質断面と地すべり面

●山地災害対策検討会の断面(『山地災害対策検討会報告書』より)

『山地災害対策検討会報告書』による地震前後の地質断面図

●川辺ほか(2008)の断面

川辺ほか(2008)の地震前後の地質断面図

地すべりが再び動く可能性はあるか

 下の図は、東北森林管理局の山地災害対策検討会の報告書に描かれている5つの断面図のすべり面の標高をもとに、すべり面の等高線図を描いたものです。
 すべり面の等高線図からは、地すべり本体に押し出されて動いた末端部を除いて、地すべりのほとんどが緩いのぼり勾配の斜面を這い登って移動したと読み取れます。
 はたして、実際に、地震時の時、地すべりはどのようなメカニズムで動いたのでしょうか?
 それとも、断面図に描かれている、ボーリングでのすべり面の認定自体に問題があるのでしょうか?
 メカニズムを考えながら、再度、ボーリングデータの見直しが必要です。
 地すべりのメカニズムの検討を踏まえて、再度、地すべりが今後動く可能性があるかどうかの検討を行う必要があります


『山地災害対策検討会報告書』に記載のボーリングデータなどをもとに描いた地すべり面等高線図

頭部が大きく崩壊する可能性はあるか

 東北森林管理局の山地災害対策検討会では、頭部の背後にある割れ目から、雨水が浸入することによって、地下で、ガラス質凝灰岩の侵食がすすみ、崖が倒壊し、それをきっかけに地すべりが再活動する恐れががあるとして、頭部から割れ目まで深さ30mにわたって排土する計画です。

 本当に、そのような可能性があるのでしょうか?

 3万年前以上の古い地すべりの際に、今回の頭部よりかなり広範囲に割れ目ができ、その一部が今回の地すべりでも利用され、値すべり地北西の角に露出しているようです。地下での侵食が、3万年以上でどの程度進んでいるのか、計画して具体化する以前に、調査する必要があります。

古い開口割れ目は,染み込んだ粘土が充填している


滑落外の背後の亀裂は動くか?ーGPS

 滑落崖の50m背後にできた亀裂は,今後動いて亀裂と滑落崖の間が崩壊する危険性が高いのでしょうか?

 7月1日〜11月28日に実施されたGPS観測で,亀裂の背後のGP.9を基準点に,亀裂周辺の相対移動を求めてみると,なんと,亀裂から崖側は,亀裂および崖にほぼ平行な方向もしくは亀裂側に動いていることがわかります.

 どういうメカニズムなのでしょうか?

 亀裂がさらに拡大して,崖が崩壊する可能性は,あるのでしょうか?



滑落外背後の亀裂は動くか?ー伸縮計

 東北森林管理局の山地災害対策検討会で検討した12月3日までのデータでは,今後とも動く可能性を示していますが,今年度のデータを合わせてみると,クリープ変形と同様な減衰曲線を示しています.

 一般に,剛体でない物が破壊されるときには,安定するまでしばらく時間がかかりますが地層も同様です.


滑落外を排土する緊急工事は必要ない.工事の前に,1年経過した現時点での崖の危険性の再評価を行なうべき

 地震で活動した地すべりが, 通常では再活動しないことは, 林野庁東北森林管理局の山地災害対策検討会の結論を含めて, 大方の一致するところです.

 しかし,2008年岩手・宮城内陸地震のモニュメントのシンボルともいえる140mを超える滑落崖に関しては,崩れる危険性を理由に,3億数千万円の予算で,今年度中に排土する計画がたてられ, 工事が始まろうとしています.

 GPS計測の,地すべり地に向かう方向ではなく崖や亀裂に平行な方向の不可解な移動を示すデータや,地震発生後半年間のデータでは今後も移動し続けるようにみえても,1年間では減衰曲線を描く伸縮計の計測結果など,滑落崖の50m背後に沿って形成された開口亀裂によって崖が崩れる危険性の評価は,現時点で科学的に正しいと言えるのでしょうか?

 山地災害検討会の結論を含め,亀裂の立体構造の実態も不明なままです.

 ましてや,仮りに崩壊が起こったとして,100%国有林の範囲で,それは『災害』と言えるのでしょうか?

 亀裂の成因や立体構造も不明なまま, 工事を行うことは, 逆に工事関係者が災害に見舞われる危険性もあります.

 1年以上経過した現時点で,再度きちんと科学的な検討をおこなった上で,工事の再検討が必要です.

 人類にとっての貴重な自然災害の教科書として、監視体制を整備した上で,できる限りありのままの姿で保存されることを,強く望みます.

文献:
東北森林管理局(2008.12)岩手・宮城内陸地震にかかる山地災害対策検討会報告書.http://www.rinya.maff.go.jp/tohoku/koho/saigaijoho/kyoku/kentokai/hokokusho.html.林野庁東北森林管理局(2009)『山地災害の記録』.

  

平成 年 月 日

【嘆願書】

農林水産大臣殿

宮城県栗原市栗駒文字荒砥沢 45-27
荒砥沢キャニオンを守る会(ACG)

会長 大場武雄 記

平成20年6月14日午前8時31分頃に起きた平成20年岩手・宮城内陸地震によって、宮城県栗原市栗駒文字地区の荒砥沢ダム上流域で、大規模な地すべりが発生しました。

この地すべりは、規模の大きさにおいて、私たちの目の前で起きた、1万年に1回起きるか起きないかの、貴重な自然現象です。このような自然の生の姿を広く国民に知っていただくことは、自然科学の普及と発展及び防災教育上重要なこと存じます。併せて、この地すべり地は、とくに地球科学、生態学、自然災害科学などの貴重な生きた教科書と言え、人類共通の自然遺産として、できる限りありのままの姿で残し、その変遷を記録し、人類と地球の共存のための資料とすることが、今生きている私たちの使命と考えます。

私たちは、この地すべり地を荒砥沢キャニオンと名付け、自然災害などの教科書として守っていくとともに、地域振興に活用しようと、『日本ジオパーク』の認定を目指して、『荒砥沢キャニオンを守る会(ACG)』を設立し、活動を始めています。

一方で、現在、林野庁では私たちの住民意思を取り入れない災害復旧工事優先で着手されています。

人類にとっての貴重な自然災害の教科書として、できる限りありのままの姿で保存されますよう、復旧工事のあり方について、慎重にご検討願いたいと存じます。また、『日本ジオパーク』やユネスコの進めている世界地質遺産にも対応できるシステム構築を進めていただきますよう、合わせて聡明なご決断を賜りますよう、ここに署名をもって嘆願いたします。


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