地震による石造鳥居の被害から
地震動を推定する

-2007年能登半島地震と2007年中越沖地震の場合-

山形大学地域教育文化学部生活総合学科 川辺孝幸
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 鳥居の被害記載カードに間違いがありました.訂正した図に差し替えるとともに
記載カードとアルプス社プロアトラスのXMPSファイルから緯度経度情報を含んだCSV形式への変換ツール(xmps2csv.exe)をダウンロードできるようにしました.

2007年7月25日公開,2007年10月04日10時20分更新

地震による墓石の損傷痕から地震動を推定する

2007年能登半島沖調査報告等][2007年新潟県中越沖地震調査報告等



倒壊した輪島市門前町吉浦の白山宮の鳥居

はじめに

 石造鳥居の建っている場所に地震の揺れが伝わると,地震動によって石造鳥居も揺れます.

 揺れが大きいと,石造鳥居も倒壊の被害を受けます.倒壊にまで至らなくても,笠木の落下や貫の落下やずれが生じることがあります.
 これらの被害は,一見して被害を受けたとわかる被害です.

 右の写真は,2007年能登半島地震の際に,震央の北東約20kmの輪島市門前町吉浦にある,地震によって倒壊した白山宮の鳥居で,柱が根元から折れて,北北西方向に倒れています.

 しかし,遠目には一見何も被害を受けなかったように見えて,実際に鳥居の各部を詳しく観察してみると,実は被害を受けている場合があります.

 地震動によって被害を受けた各部の被害の状況を調べることによって,その場所で受けた地震動の方向を復元することが可能になります(川辺,2007b).

 なお,鳥居の形には,下の図のように”明神鳥居”と”神明鳥居”の2種類の基本形があります.”明神”と”神明”と,文字が入れ替わっているだけで紛らわしいですが,”明神”は「神を招き入れる門」,”神明”は「これより神の領域」という,まさに反対の,異なる意味があるのだそうです.実際には,この2つの基本に,さまざまな派生形があります.また,鳥居の各部の名称についてはどちらのタイプも同じです.

鳥居の基本形の2種類と,各部の名称
鳥居の基本形の2種類と,各部の名称

石造鳥居の各部の被害状況

 現在までに,2007年能登半島地震では約240の(川辺,2007b),2007年新潟県中越沖地震では4つの石造鳥居を見ましたが,地震動によってできる各部の被害の状況は同じです.

亀腹の被害1 亀腹の被害2 亀腹の被害3
亀腹の被害

柱の被害1 柱の被害2 柱の被害3
柱の被害

貫部の被害1 貫部の被害2 貫部の被害3 貫部の被害4
貫部の被害


 地震動によって石造鳥居が変形することによって,部位ごとに,このような被害が現れることになります.

 石造鳥居は頑丈に造られていますが,素材である岩石は,比較的もろいので,構造物としての強度はあっても,材料強度のほうが負けて,石造鳥居が変形することによって各部にかかる圧縮力や引張力によって,ひび割れ(石器で言えば押圧剥離)や破断が生じてしまうようです.
 これらの被害の状態を模式的にまとめたのが下の図です(川辺,2007b).

被害の模式図

被害の模式図(川辺,2007b) 左側から右側になるほど被害の程度が大きい.亀腹の右2つは柱の被害で,左側は”押圧剥離”で右側は破断.


石造鳥居の各部の破壊の力学と,それらをもたらす鳥居の変形と外力

 各部にこのような割れの状態からは,各部には,次のような変形があり,力が加わったことがわかります.

破壊の力学

各部の破壊に必要な力学(川辺,2007b)

 このような各部の変形と応力をもたらすような鳥居の変形は,どのようであったかを考えると,それぞれ,以下のような変形と破壊の関係が考えられます.

外力による石造鳥居の変形と破壊

外力による石造鳥居の変形と破壊(川辺,2007b)

 以上のように,鳥居の破壊の方向から,破壊をもたらした外力の方向を知ることができます.

 被害が示す方向は,墓石の傷と同様に(川辺,2007a),加速度粒子軌跡の大きな振れの変換点に対応すると考えられます.


各部の被害状況から復元した外力の方向と鳥居の方向性との関係

 このように,鳥居自体の方向と,破壊の起った場所の状態と方向を調べることで,鳥居にはたらいた外力の方向を復元することができます.

 ところで,鳥居の各部の破壊は,鳥居の向きと外力の方向によって変わるのではないかという疑問が湧くかもしれません.そこで,鳥居の向き(柱の並んでいる方向=笠木の伸びの方向)と破壊の方向,復元した外力の方向との関係を示すと,下の図のようになります.

鳥居の方向と推定した外力の方向および鳥居と外力との挟み角とをローズダイアグラムで示した図

鳥居の方向(上)と推定した外力の方向(中)および鳥居と外力との挟み角(下)とをローズダイアグラムで示した図(川辺,2007b)
それぞれ,全被害(左),被害度1(中央),被害度2以上(右)に分けて示す.真北を0°とした.


 この図(下)で示されるように,貫のみで評価した結果と亀服の破損をもとに評価した2以上とで若干の差はあるものの,基本的には,被害は鳥居の向きに関係なく起こっていることがわかります.
 そして,外力が鳥居の方向に対して45度前後の方向にかかる場合に最も被害を受けやすく,ついで直行する方向から受けた場合であることがわかります.

 なお,正面が北東方向を向いた鳥居は全くありません(南西(未申)を向いたものがローズダイアグラムに表れている).丑寅(北東)の方向は鬼門であるからのようです.

 ちなみに,左上の図を見ると,最多のものは5-10°Wのもので,ついで80-85°Eのものが多く,真の東西南北から西に5-10°ずれていることからすると,鳥居を建てるときの方角は,方位磁石を使って決めたことが想像できます.


被害から方向を推定する場合の問題点

 たとえば,亀服の損傷が一つの場合には,問題ない(後述のように,問題が無いことはない)ですが,複数ある場合には,破壊強度を超える力が複数回ははたらいたということになります.その際,割れ目が重複している場合には新旧関係がわかります.見かけ上,新しい割れ目は古い割れ目に切られている(ほんとは,古い割れ目のところで止まっている)ので,新旧関係がわかります.しかし,単独で複数ある場合にはわかりません.

 もう一つの問題点は,複数回の破壊強度を上回る強振動があることがわかっている場合,割れ目が一つしかない場合に,その破壊をもたらした強振動が,複数回あるうちのどれに対比できるか,あるいは,一つしかないもの同士で対比が可能かどうか,という問題です.
 これらの問題に関しては,キーになるものはありませんので,おそらく,対比不能であると思います.

 このような強振動の同時性については問題がある,ということになります.

 なお,以前の地震による被害との関係では,傷自体の風化や汚れによって,一見して出来立ての傷と古い傷とは識別が可能です.
 2007年能登半島地震によるものと,1993年能登半島沖地震かそれ以前の地震によるものとは明瞭に識別できました.また,2007年新潟県中越沖地震の被害を受けた傷(割れて落下した破片が散らばっている)と,風化はあまり進んでいないが汚れているものとが識別でき,後者はおそらく2004年新潟県中越地震によるものだと思われます.

 ただ,本震によるものとと余震によるものとでは,その程度の時間差では,本震と余震との間に明瞭な何かのイベント(具体的には書きませんが)が無ければ,識別は不可能ではないかと思われます.


点数化による被害の程度の評価

 これまで述べてきたような方法で,石造鳥居が受けた外力の方向を知ることができます.では,石造鳥居の被害の程度は,どのように評価すればいいでしょうか.  石造鳥居の強度が十分に材料強度を上回っていることを前提にするならば,同じような石材でできている石造鳥居のなかでは,被害の程度は地震動の程度を表しているはずです.

 ここ(川辺,2007b)では,石造鳥居の被害の程度を,破壊の部位に重みをつけて点数化し,各部の破壊の合計点をその鳥居の破壊の程度の評価値としてみました.各部の破壊の点数は,以下のとおりです.
 最も被害の大きいのは倒壊することですが,実際に調べてみると,倒壊に至るまでの被害が重複しているので,合計点は10点を超えることがあります.

 被害の程度を表す何かもっとよい別の方法があればいいのですが...とりあえず,この方法で評価してみました.


各部の被害状況から復元した外力の方向と評価点の分布

 2007年能登半島地震の際に調査した240の石造鳥居の,外力の方向と被害の評価点をまとめたのが下の図です.

 なお,各鳥居の位置については,調査の際に車載したノートパソコンにIO-DATA製のUSB-GPS接続し,アルプス社のプロアトラスSV2上で記録したデータから緯度経度を含んでCSVファイルに変換したデータを使いました.プロアトラスでは,CSV形式に出力する際には,緯度経度情報が抜けてしまうので,独自にVisualBasicで変換ツールを作りました.XMPSファイルからCSV形式に変換するツール(xmps2csv.exe)は,こちらからダウンロードできます.

鳥居の方向と各部の被害状況から復元した外力の方向と評価点の分布

鳥居の方向と各部の被害状況から復元した外力の方向と評価点の分布


 この図からは,なんとなく,地震動の様子が見えるようです.

 揺れの方向性からみると,氷見市~七尾市周辺などの,震央から北東方向の領域に位置する範囲では,七尾市市街の海岸部を除いて,震央方向に向かう揺れが生じているようにみられます.
 また,震央の東側では東北東方向に,震央の南側では南方向に,北側では西~北西に向かうような傾向があるように見えます.
 被害の程度は,基本的には震央から離れるにつれて小さくなる傾向を示しているようですが,沖積層が厚いと思われる海岸付近の平野部では,大きい値になっていて,振動が増幅された可能性を示しています(川辺ほか,2007).

 意外なのは,震央からわずか数キロしか北東に離れていない,輪島市門前町劔地地区では,無傷のものが集中して5基も存在することです.一見,石造鳥居の岩質や構造,立地条件等に,ほか場所との明瞭な違いは認められず,石造鳥居に被害を及ぼすような絶対的な振動がやってこなかった可能性もあり,地質も含めて,その要因を再度調査する必要があると思われます.

 なお,本来は邑知低地帯のような構造的にことなるブロックで被害状況がどうなるのか興味があったのですが,現段階では未調査でなのでわかりません.


おわりに

 以上のように,鳥居の被害の状況を面的に調べることによって,地震動の方向と相対的大きさを表現できることがわかりました.

 また,墓石に残された傷の様子からは,その場所での地震動の時系列変化がわかります(川辺,2007a).

 2007年新潟県中越沖地震ではどのようになっているでしょうか?あるいは,不幸にも今後起こる地震の時にはどうなるでしょうか?ぜひ調べてみてください.

 なお,実際に調査する時に,記載漏れが無いように,次のような記載カードを作ってみました.ぜひ活用して,使いにくい部分はバージョンアップしてください.

鳥居の被害の記載カード

鳥居の被害の記載カード(2007/10/04修正版;台輪の位置を修正)

ダウンロード:
AI形式(68KB), WMF形式(92KB), GIF形式(131KB)


おまけ-まさに神業!

 2007年新潟県中越沖地震で被害を受けた,柏崎市長浜町の日吉神社の鳥居と石碑です(2007年7月24日撮影).ここは表層が砂丘砂なので,基礎がちょっと弱かったのが災いしてしまったようです.

 倒れた石碑の方向は,まさに神業としかいい様が無い見事さです.となりの塀の基礎との隙間は1cm,亀腹との隙間は2cm.塀の基礎や亀腹,石碑には,損傷痕は無く,唯一,塀の銅板の屋根を1cmくらい引っ掛けているだけです.1度のブレがあれば,どちらかに当たって損傷しているはずです.まさに,神業の正確さで無事(?)倒れこんでいました.

 倒れた石碑の下には,柱が笠木による圧力によって剥離した破片があります.
 柱上端の剥離は,亀腹の割れと調和的に,鳥居が北西方向に歪んでできたと見られ,この時の地面の動きは,北西方向から南東方向への移動したときであると考えられます.一方,石碑の倒壊は,北北東方向なので,こちらは石碑が北北東方向の慣性で動いている時に,地面は南南西に動いてしまった時に倒れたと考えられます.従って,鳥居に被害が発生した北西-南東方向の強振動の後に,石碑が倒れた北北東-南南西方向の強振動があったということがわかります.  しかも,土塀の屋根をひっかけた時より2~3cm東側,基礎近寄った場所に倒れています.このことからは,石碑が倒れている最中に塀を乗せた地面は2㎝ほど西に動いたか,あるいは石碑が倒れた時には地面は西方向へは動いておらずに,石碑は北北東方向に倒れただけでなく,ごくわずかに東方向への運動を伴っていたかのどちらかであるということがわかります.

 実際の地震波との対応関係は,墓石の回転・損傷の場合(澤田ほか 1998,川辺 2007a)と同様,加速度粒子軌跡との対応関係を見ればある程度特定できると思います.




文 献

2007年7月25日記


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